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第3章 仕入れと在庫の科学

学習目標: サプライチェーン管理と需要予測の基本を理解する


3-1 「何を」「いつ」「どれだけ」仕入れるか

ゲームでの発注体験を振り返ろう

Supermarket Simulatorで商品を発注するとき、どんなことを考えましたか?

「牛乳がよく売れるから多めに注文しよう」 「この商品は全然売れないから、少なくしよう」 「お金が足りないから、必要最低限だけ注文しよう」

これらの判断すべてが仕入れ管理の基本であり、現実のビジネスでも同じような判断を毎日行っています。

仕入れの3つの基本的な問い

仕入れを行うときには、必ず3つの問いに答える必要があります:

1. 何を仕入れるか(商品選択)

ゲームでの判断基準:

現実での判断基準:

2. いつ仕入れるか(タイミング)

ゲームでの判断基準:

現実での判断基準:

3. どれだけ仕入れるか(数量)

ゲームでの判断基準:

現実での判断基準:

需要予測の重要性

需要予測とは、将来どれだけその商品が売れるかを予想することです。これがすべての仕入れ判断の基礎になります。

ゲーム内での需要予測体験

Supermarket Simulatorをプレイしていて、こんな経験はありませんか?

予測が当たったとき:

予測が外れたとき:

需要予測の基本パターン

1. トレンド(傾向)

2. 季節性(Seasonality)

3. 周期性(Cyclical)

4. 不規則変動(Irregular)

機会損失と過剰在庫のリスク

仕入れで最も重要なのは、機会損失過剰在庫のバランスを取ることです。

機会損失(売り逃し)のリスク

機会損失とは、商品がないために売上を逃してしまうことです。

ゲームでの例:

現実での影響:

機会損失の計算例:

牛乳の通常売上: 100本/日 × 150円 = 15,000円
品切れによる機会損失: 15,000円 × 品切れ日数

過剰在庫のリスク

過剰在庫とは、必要以上に商品を仕入れてしまうことです。

ゲームでの例:

現実での影響:

過剰在庫のコスト計算例:

過剰在庫: パン50個 × 100円 = 5,000円
保管コスト: 5,000円 × 月利1% = 50円/月
機会コスト: 5,000円を他に投資した場合の利益

最適な発注量の考え方

最適な発注量は、機会損失と過剰在庫のコストが最小になる点です。

基本的な考え方

発注量が少ない場合:

発注量が多い場合:

最適点: 両方のリスクのバランスが取れた点

発注量決定の要因

1. 需要の確実性

2. 利益率

3. 商品の特性


3-2 データで需要を読む

売上データの見方

ゲームでも現実でも、過去の売上データは需要予測の最も重要な材料です。

基本的な売上データの種類

1. 時系列データ 日別、週別、月別の売上推移

2. 商品別データ 各商品の売上数量と金額

3. 時間帯別データ 1日の中での売上変動

4. 顧客別データ 顧客セグメント別の購買パターン

データの読み方の基本

平均値と変動

例:パンの売上
平均売上: 50個/日
標準偏差: 10個
→ 大体40-60個の範囲で売れる

最大値と最小値

最大売上: 80個(土曜日)
最小売上: 30個(火曜日)
→ 曜日による変動が大きい

成長率

前月売上: 1,000個
今月売上: 1,100個
成長率: (1,100-1,000)/1,000 × 100 = 10%

季節性・曜日性・時間性の分析

季節性の分析

季節指数の計算

春の売上 ÷ 年間平均売上 × 100 = 季節指数

例:アイスクリーム
夏の季節指数: 200(平均の2倍売れる)
冬の季節指数: 50(平均の半分)

季節商品の例:

曜日性の分析

曜日指数の計算例:

月曜日の売上 ÷ 週平均売上 × 100 = 曜日指数

一般的なパターン:
月曜日: 80(週始めで売上少)
金曜日: 120(週末買い出しで売上多)
土曜日: 150(休日で売上最大)

曜日による商品の違い:

時間性の分析

時間帯別売上パターン:

朝(7-9時): 朝食関連、飲み物
昼(11-14時): 弁当、パン、飲み物
夕方(17-19時): 夕食材料、惣菜
夜(19-21時): デザート、お酒

時間帯指数の活用:

トレンドの把握方法

移動平均による平滑化

変動の激しいデータから、基本的な傾向を読み取る方法

3日移動平均の計算例:

日付    売上    3日移動平均
1日     100     -
2日     120     -
3日     80      (100+120+80)/3 = 100
4日     110     (120+80+110)/3 = 103.3
5日     90      (80+110+90)/3 = 93.3

前年同期比較

前年同期比の計算:

今年4月売上 ÷ 前年4月売上 × 100 = 前年同期比

例:
今年4月: 50万円
前年4月: 45万円
前年同期比: 50/45 × 100 = 111.1%(11.1%増)

トレンド分析の注意点

1. 外部要因の考慮

2. 商品ライフサイクル

3. データの質


3-3 在庫管理の基本原則

ABC分析:重要度による商品分類

ABC分析は、商品を売上への貢献度によってA、B、Cの3つのグループに分類する手法です。

ABC分析の基本概念

パレートの法則(80:20の法則):

ABC分析の手順

ステップ1: 商品別売上の集計

商品名    月間売上    構成比    累積構成比
牛乳      50万円      25%       25%
パン      40万円      20%       45%
弁当      30万円      15%       60%
お菓子    20万円      10%       70%
...

ステップ2: 商品の分類

ABC分析による管理方法の違い

ランク 管理レベル 発注頻度 在庫水準 欠品許容度
A 厳密管理 毎日 高め 絶対NG
B 通常管理 週2-3回 中程度 短期間のみ
C 簡易管理 週1回 低め ある程度許容

ABC分析をゲーム体験に当てはめると

Aランク商品の例:

Bランク商品の例:

Cランク商品の例:

安全在庫の考え方

安全在庫とは、需要の変動や供給の遅れに対応するために確保しておく在庫です。

安全在庫が必要な理由

需要の変動:

供給の遅れ:

機会損失の防止:

安全在庫量の決め方

基本的な計算式:

安全在庫 = 安全係数 × 需要の標準偏差 × √リードタイム

例:
需要の標準偏差: 10個/日
リードタイム: 3日
安全係数: 1.96(95%の確率で品切れを防ぐ)

安全在庫 = 1.96 × 10 × √3 = 34個

実用的な簡易計算:

安全在庫 = 平均日販 × 安全日数

例:
平均日販: 50個/日
安全日数: 3日
安全在庫 = 50 × 3 = 150個

安全在庫の設定基準

商品の重要度:

需要の安定性:

調達の容易さ:

発注点管理システム

発注点とは、この在庫水準になったら発注をかけるという基準点です。

発注点の計算

基本公式:

発注点 = リードタイム中の需要 + 安全在庫

例:
日平均需要: 50個
リードタイム: 3日
安全在庫: 150個

発注点 = (50 × 3) + 150 = 300個
→ 在庫が300個になったら発注

発注点管理の流れ

発注点管理システムのフロー

経済的発注量(EOQ)

EOQ(Economic Order Quantity)は、発注コストと在庫保管コストの合計が最小になる発注量です。

EOQの基本概念:

簡易EOQ計算:

年間需要: 10,000個
発注コスト: 500円/回
保管コスト: 10円/個/年

EOQ = √(2 × 年間需要 × 発注コスト ÷ 保管コスト)
EOQ = √(2 × 10,000 × 500 ÷ 10) = √1,000,000 = 1,000個

3-4 現実の在庫管理事例

事例1: Amazonの予測型出荷システム

Amazonは世界最大のECサイトとして、革新的な在庫管理システムを構築しています。

予測型出荷(Anticipatory Shipping)

仕組み:

:

顧客Aの分析結果:
- 毎月第2週に洗剤を購入
- 特定ブランドを好む
- 大容量パックを選ぶ傾向

→ 第2週前に該当商品を近くの倉庫に配置

効果:

AIと機械学習の活用

需要予測の高度化:

在庫最適化:

事例2: セブン-イレブンの日次発注システム

セブン-イレブンは、約21,000店舗での効率的な在庫管理で有名です。

日次発注の特徴

発注頻度:

発注の責任:

POSデータの活用

収集データ:

分析と提案:

昨日の実績:おにぎり梅 50個販売
天気予報:明日は雨
過去データ:雨の日は+20%売上増
AI提案:おにぎり梅 60個発注

単品管理の徹底

商品ごとの詳細分析:

廃棄率の管理:

事例3: ZARAのファストファッション戦略

ZARA(ザラ)は、短期間で最新ファッションを提供するファストファッションの代表企業です。

短いリードタイム

従来のアパレル業界:

ZARAの戦略:

垂直統合システム

設計・生産・販売の一体化:

情報の迅速な共有:

計画的品切れ戦略

希少性の演出:

在庫リスクの軽減:

日本企業との比較

要素 ZARA 日本の一般的アパレル
リードタイム 2-4週間 6-12ヶ月
生産ロット 小ロット 大ロット
在庫期間 2-3週間 2-3ヶ月
値下げ率 15-20% 30-50%

3-5 計算してみよう

適正発注量の計算方法

実際の数値を使って、適正発注量を計算してみましょう。

例題1: 基本的な発注量計算

条件:

計算:

1. 安全在庫量 = 日平均売上 × 安全日数
   = 100本 × 3日 = 300本

2. 発注点 = (日平均売上 × リードタイム) + 安全在庫
   = (100本 × 2日) + 300本 = 500本

3. 現在在庫150本 < 発注点500本
   → 発注が必要

4. 発注量 = 発注点 + 一定期間分 - 現在在庫
   = 500本 + (100本 × 5日) - 150本 = 850本

例題2: 季節変動を考慮した計算

条件:

計算:

1. 夏季の日平均需要 = 150個/日

2. 安全在庫(高めに設定)= 150個 × 2日 = 300個

3. 発注点 = (150個 × 3日) + 300個 = 750個

4. 夏季1ヶ月分の発注量
   = 150個 × 30日 = 4,500個

在庫回転率の計算と改善

在庫回転率は、在庫がどれだけ効率的に回転しているかを示す指標です。

在庫回転率の計算

基本公式:

在庫回転率 = 年間売上原価 ÷ 平均在庫金額

例:
年間売上原価:1,200万円
平均在庫金額:200万円
在庫回転率 = 1,200万円 ÷ 200万円 = 6回転

回転期間の計算:

回転期間 = 365日 ÷ 在庫回転率
= 365日 ÷ 6回転 = 61日

→ 平均61日で在庫が入れ替わる

業界別在庫回転率の目安

業界 在庫回転率 回転期間
コンビニ 15-20回転 18-24日
スーパー 12-15回転 24-30日
ドラッグストア 8-10回転 36-45日
家電量販店 6-8回転 45-60日

在庫回転率改善の方法

1. 需要予測の精度向上

2. リードタイムの短縮

3. 商品構成の見直し

欠品率と過剰在庫率のバランス

適正在庫を維持するには、欠品と過剰在庫のバランスが重要です。

欠品率の計算

欠品率:

欠品率 = 欠品日数 ÷ 営業日数 × 100

例:
月間営業日数:30日
欠品日数:3日
欠品率 = 3日 ÷ 30日 × 100 = 10%

許容欠品率の目安:

過剰在庫率の計算

過剰在庫率:

過剰在庫率 = 過剰在庫金額 ÷ 総在庫金額 × 100

例:
総在庫金額:500万円
過剰在庫金額:50万円
過剰在庫率 = 50万円 ÷ 500万円 × 100 = 10%

最適バランスの見つけ方

コスト分析:

欠品コスト = 機会損失 + 顧客離れコスト
過剰在庫コスト = 保管コスト + 資金コスト + 陳腐化コスト

最適点 = 欠品コスト + 過剰在庫コストが最小になる点

実践的アプローチ:

  1. 現状の欠品率・過剰在庫率を測定
  2. 業界標準と比較
  3. 段階的な改善目標を設定
  4. 定期的な見直しと調整

章末演習

演習1: 売上データ分析演習

以下の売上データを分析して、需要予測を行ってください。

牛乳の日別売上データ(4週間)

週  月  火  水  木  金  土  日
1   80  75  85  90  95  120 110
2   85  80  90  85  100 125 115
3   90  85  95  90  105 130 120
4   95  90  100 95  110 135 125

分析項目:

  1. 週平均売上の計算
  2. 曜日別平均売上の計算
  3. 曜日指数の算出(週平均を100とした場合)
  4. 来週の売上予測
  5. 需要変動の特徴分析

考察ポイント:

演習2: ABC分析実践

以下の商品売上データでABC分析を行ってください。

月間商品売上データ

商品名      月間売上    利益率
牛乳        50万円      15%
パン        45万円      25%
弁当        40万円      20%
お菓子      35万円      30%
飲料        30万円      35%
冷凍食品    25万円      18%
調味料      20万円      22%
雑誌        15万円      25%
文具        10万円      40%
その他      30万円      20%

分析手順:

  1. 売上金額順に並び替え
  2. 構成比と累積構成比を計算
  3. A・B・Cランクに分類
  4. 各ランクの管理方針を提案
  5. 利益への貢献度も考慮した優先順位付け

演習3: 発注計画立案シミュレーション

あなたはSupermarket Simulatorのようなスーパーマーケットの発注担当者です。以下の条件で最適な発注計画を立ててください。

条件:

検討項目:

  1. 需要予測(向こう1週間)
  2. 安全在庫量の設定
  3. 発注点の決定
  4. 最適発注量の計算
  5. 利益計算と廃棄リスクの評価

追加課題:

演習4: 在庫改善提案書作成

あなたの学校の購買部や近所のコンビニで、在庫に関する問題を見つけて改善提案書を作成してください。

観察ポイント:

提案書の構成:

  1. 現状分析
    • 観察した問題点
    • 問題の影響(売上機会損失、コストなど)
  2. 原因分析
    • なぜその問題が起きているか
    • データがあれば数値で示す
  3. 改善提案
    • 具体的な解決策
    • 実施方法と期待効果
  4. 効果測定方法
    • どのように改善効果を確認するか

注意事項:


第3章のまとめ

次の第4章では、価格戦略について学びます。商品の値段をどう決めるかは、売上と利益に直結する重要な経営判断です。