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第4章 価格戦略の考え方

学習目標: プライシング戦略と競争分析の基本を習得する


4-1 値段はどう決まるのか

ゲームでの価格設定体験を振り返ろう

Supermarket Simulatorで商品の価格を設定するとき、どんなことを考えましたか?

「市場価格より少し安くして、たくさん売ろう」 「利益を多く取りたいから、少し高めに設定しよう」 「お客さんが買いやすい切りの良い値段にしよう」

これらの判断が価格戦略の基本です。価格設定は、売上と利益に直接影響する最も重要な経営判断の一つなのです。

価格の役割と影響

価格は単なる「値段」ではありません。経営における価格の役割を理解しましょう。

価格が果たす4つの役割

1. 収益の源泉

2. 需要の調整

3. 価値の伝達

4. 競争の手段

コスト、競合、価値の3要素

価格設定には3つの重要な要素があります。これを価格設定の3Cと呼びます。

1. Cost(コスト):いくらかかるか

仕入原価

例:牛乳の場合
仕入価格:100円
最低販売価格:100円(赤字にならない下限)

その他のコスト

総コストの計算例

商品A:
仕入価格:80円
人件費配賦:10円
店舗費配賦:5円
廃棄ロス:2円
総コスト:97円

→ 97円以上で販売しないと赤字

2. Competitor(競合):他社はいくらか

市場価格の調査

価格ポジショニング

競合A:120円
競合B:115円
競合C:110円
市場平均:115円

→ 自社価格の選択肢:
105円(価格リーダー戦略)
115円(追随戦略)
125円(差別化戦略)

3. Customer Value(顧客価値):お客様にとっての価値

顧客が感じる価値

価値と価格の関係

顧客価値 > 価格 → 購入する
顧客価値 = 価格 → 購入を検討
顧客価値 < 価格 → 購入しない

価格弾力性の概念

価格弾力性とは、価格の変化に対して需要がどれだけ変化するかを示す指標です。

価格弾力性の計算

基本公式

価格弾力性 = 需要の変化率 ÷ 価格の変化率

例:
価格100円 → 110円(10%上昇)
需要100個 → 85個(15%減少)

価格弾力性 = -15% ÷ 10% = -1.5

弾力性による商品分類

弾力性が高い商品(-1より小さい)

弾力性が低い商品(-1より大きい)

弾力性による価格戦略

弾力性が高い商品:
→ 価格を下げると売上大幅増
→ 薄利多売戦略が有効

弾力性が低い商品:
→ 価格を上げても売上維持
→ 高利益戦略が有効

ゲーム体験での価格弾力性

Supermarket Simulatorでこんな経験はありませんでしたか?

お菓子の価格を下げたとき

牛乳の価格を上げたとき

価格設定のタイミング

新商品の価格設定

スキミング戦略(上澄み戦略)

例:新商品のプレミアム弁当
第1週:500円(先行購入者向け)
第1ヶ月:450円(認知度向上)
第3ヶ月:400円(大衆化)

ペネトレーション戦略(浸透戦略)

例:新商品のドリンク
導入価格:80円(競合より20円安)
目標:3ヶ月で市場シェア30%獲得
その後:品質向上で価格維持

既存商品の価格変更

値上げのタイミング

値下げのタイミング


4-2 利益を最大化する価格設定

損益分岐点の計算

損益分岐点とは、売上と費用が等しくなる点、つまり利益がゼロになる点です。

損益分岐点の基本概念

固定費と変動費

固定費:売上に関係なく発生する費用
例:家賃、人件費、保険料

変動費:売上に比例して発生する費用
例:仕入原価、配送費、包装材費

損益分岐点の計算公式

数量ベース

損益分岐点販売数量 = 固定費 ÷ (販売単価 - 変動単価)

例:弁当の場合
販売単価:400円
変動単価:280円(仕入原価250円+包装代30円)
固定費:120万円/月

損益分岐点 = 120万円 ÷ (400円 - 280円)
         = 120万円 ÷ 120円
         = 10,000個/月

金額ベース

損益分岐点売上高 = 固定費 ÷ 限界利益率

限界利益率 = (販売単価 - 変動単価) ÷ 販売単価

上記例の場合:
限界利益率 = (400円 - 280円) ÷ 400円 = 30%
損益分岐点売上高 = 120万円 ÷ 30% = 400万円

損益分岐点を下げる方法

1. 固定費の削減

2. 限界利益率の向上

3. 販売数量の増加

粗利率と回転率のトレードオフ

ビジネスにおいて、粗利率回転率はトレードオフの関係にあります。

粗利率と回転率の定義

粗利率

粗利率 = (販売価格 - 仕入価格) ÷ 販売価格 × 100

例:
販売価格:120円
仕入価格:80円
粗利率 = (120 - 80) ÷ 120 × 100 = 33.3%

回転率

回転率 = 年間売上原価 ÷ 平均在庫金額

例:
年間売上原価:1,200万円
平均在庫金額:100万円
回転率 = 1,200万円 ÷ 100万円 = 12回転

戦略パターンの比較

高粗利・低回転戦略

低粗利・高回転戦略

収益性の比較例

戦略A(高粗利・低回転):
販売価格:200円
仕入価格:120円
粗利:80円(粗利率40%)
月間販売:500個
月間粗利:80円 × 500個 = 4万円

戦略B(低粗利・高回転):
販売価格:150円
仕入価格:120円
粗利:30円(粗利率20%)
月間販売:1,500個
月間粗利:30円 × 1,500個 = 4.5万円

心理的価格戦略

人の心理を考慮した価格設定テクニックがあります。

端数価格(オッドプライシング)

198円効果

実例:

コンビニ:108円、298円、498円
スーパー:98円、198円、398円
家電:19,800円、29,800円

アンカリング効果

最初に提示された価格が判断基準になる心理効果

活用例:

メニュー表示:
特選弁当 800円
普通弁当 500円 ← この価格が「手頃」に感じる
簡単弁当 300円

→ 800円が「アンカー」となり、500円が適正に見える

バンドル価格

複数商品をセットにして価格を設定

効果:

:

単品価格:
パン 150円
牛乳 120円
合計 270円

セット価格:250円
→ 20円お得で魅力的

段階価格設定

複数の価格帯を用意して選択肢を与える

3段階の法則:

効果:


4-3 競合分析の方法

市場価格調査の重要性

適切な価格設定のためには、市場の価格状況を正確に把握することが必要です。

価格調査の対象

直接競合

間接競合

調査項目

基本情報:
- 商品名・ブランド
- 価格
- 容量・サイズ
- 品質レベル

付加情報:
- 特売の頻度
- セット販売の有無
- ポイント還元率
- サービス内容

価格調査の方法

1. 店舗訪問調査

2. オンライン調査

3. 定期的なモニタリング

競合他社の戦略分析

価格だけでなく、競合の戦略全体を理解することが重要です。

価格戦略のパターン分析

コストリーダーシップ戦略

差別化戦略

集中戦略

競合分析のフレームワーク

SWOT分析

競合A(大手チェーン)の分析:

Strengths(強み):
- 大量仕入れによる低価格
- 全国ブランド力
- 標準化されたオペレーション

Weaknesses(弱み):
- 画一的なサービス
- 地域ニーズへの対応不足
- 意思決定の遅さ

Opportunities(機会):
- デジタル化の推進
- 新業態の展開
- M&Aによる拡大

Threats(脅威):
- 人件費の上昇
- 規制の強化
- 新規参入者の増加

差別化ポイントの発見

競合との価格競争を避けるため、差別化できるポイントを見つけることが重要です。

差別化の要素

1. 商品差別化

2. サービス差別化

3. 利便性差別化

4. 体験差別化

差別化戦略の例

事例:地域密着型スーパー vs 大手チェーン

大手チェーンの強み:
- 価格の安さ
- 豊富な品揃え
- 安定した品質

地域店の差別化戦略:
- 地域生産者との連携(地産地消)
- 手作り惣菜の充実
- 顔の見える接客サービス
- 地域イベントとの連携

結果:
価格では勝てないが、「地域への愛着」「安心・安全」で顧客を獲得

価格以外での競争優位

時間価値の提供

情報価値の提供

感情価値の提供


4-4 現実の価格戦略事例

事例1: コストコの大容量低価格戦略

コストコ(Costco)は、独特な価格戦略で成功している米国発の会員制倉庫型店舗です。

コストコの基本戦略

大容量パッケージ

薄利多売モデル

一般的な粗利率:20-30%
コストコの粗利率:10-14%

利益の源泉:
- 年会費収入(約4,000円/年)
- 大量販売による売上規模
- 効率的なオペレーション

価格戦略の工夫

プライベートブランド(PB)商品

限定商品戦略

心理的価格設定

通常価格:末尾が .99
特売価格:末尾が .79, .49
在庫処分:末尾が .97, .88

例:
通常  :1,299円
特売  :1,149円
処分  :1,097円

成功の要因

会員制による顧客囲い込み

効率的なオペレーション

事例2: スターバックスのプレミアム価格戦略

スターバックスは、コーヒーに高付加価値を付けて高価格を実現しています。

プレミアム価格の根拠

体験価値の提供

商品の差別化

一般的なコーヒー:100-150円
スターバックス:300-500円

差別化要素:
- 高品質なコーヒー豆
- 豊富なカスタマイズ
- 季節限定メニュー
- バリスタによる手作り

ブランド戦略

ライフスタイル提案

顧客参加型マーケティング

価格戦略の特徴

心理的価格設定

Short(S):340円
Tall(M) :380円 ← 最も選ばれやすい
Grande(L):420円
Venti(XL):460円

→ Tallが「標準」に見える価格設定

アップセル戦略

事例3: 100円ショップの均一価格戦略

ダイソー、セリア、キャンドゥなどの100円ショップは、均一価格という独特な戦略を取っています。

均一価格戦略の特徴

価格の単純化

大量仕入れによるコスト削減

商品原価:30-50円
輸送費:10円
店舗経費:20円
利益:20-40円

→ 大量仕入れと効率化で利益確保

商品戦略

商品開発の工夫

商品ミックス

高原価商品(利益率低):
- 文具、工具
- 集客効果を狙う

低原価商品(利益率高):
- 装飾品、小物
- 利益確保を狙う

顧客心理の活用

「100円なら失敗してもいい」心理

価値の再定義

業界の変化

付加価値商品の導入

従来:全商品100円
現在:
- 100円商品(基本)
- 200円、300円商品(高付加価値)
- 500円商品(特別商品)

理由:
- 原材料費の上昇
- 差別化の必要性
- 利益率の改善

4-5 価格シミュレーション

価格変更による売上・利益への影響

価格を変更すると、売上と利益にどのような影響があるかをシミュレーションで確認しましょう。

基本シミュレーション

現状

商品:弁当
現在価格:400円
月間販売数:1,000個
仕入原価:280円
月間売上:400円 × 1,000個 = 40万円
月間粗利:(400円 - 280円) × 1,000個 = 12万円
粗利率:30%

パターン1:10%値上げ(440円)

予想販売数:800個(20%減少)※価格弾力性-2.0と仮定
月間売上:440円 × 800個 = 35.2万円
月間粗利:(440円 - 280円) × 800個 = 12.8万円

結果:売上減・利益増

パターン2:10%値下げ(360円)

予想販売数:1,200個(20%増加)
月間売上:360円 × 1,200個 = 43.2万円
月間粗利:(360円 - 280円) × 1,200個 = 9.6万円

結果:売上増・利益減

利益最大化価格の計算

利益最大化の条件

限界収益 = 限界費用

簡易計算:
最適価格 = 限界費用 ÷ (1 + 1/価格弾力性)

例:弁当の場合
限界費用:280円
価格弾力性:-2.0

最適価格 = 280円 ÷ (1 + 1/(-2.0))
         = 280円 ÷ (1 - 0.5)
         = 280円 ÷ 0.5
         = 560円

※実際には需要の上限や競合価格を考慮する必要あり

セール・割引の効果測定

セールや割引は短期的な売上増加を狙う重要な手法です。

セール効果の分析

通常時 vs セール時の比較

通常時:
価格:400円
日販:30個
日売上:12,000円

セール時(20%オフ):
価格:320円
日販:50個
日売上:16,000円

効果:
売上:+33%
販売数量:+67%

セールの種類と効果

タイムセール

数量限定セール

まとめ買い割引

通常:1個400円
セット:3個1,000円(1個あたり333円)

効果:
- 客単価の向上
- 在庫回転の促進
- 顧客の来店頻度減少(注意点)

セールの注意点

ブランド価値の毀損リスク

利益率の悪化

セール効果の損益分岐点:

通常時粗利:(400円 - 280円) = 120円
セール時粗利:(320円 - 280円) = 40円

損益分岐点:120円 ÷ 40円 = 3倍
→ セール時は3倍以上売れないと利益が減少

長期的な価格戦略の立案

短期的な利益だけでなく、長期的な視点での価格戦略が重要です。

価格戦略のライフサイクル

導入期

成長期

成熟期

衰退期

動的価格戦略

需要変動への対応

平日:通常価格
金曜日:+10%(需要増)
月曜日:-10%(需要減)
雨の日:+5%(競合来店減)

在庫状況による調整

在庫過多:値下げで回転促進
在庫不足:値上げで需要調整
賞味期限接近:段階的値下げ

競合対応

競合値下げ:追随または差別化
競合値上げ:様子見または先行値上げ
新規参入:一時的な価格防衛

章末演習

演習1: 商品カテゴリ別価格戦略立案

以下の商品について、それぞれに適した価格戦略を立案してください。

商品リスト

  1. 牛乳(日用品)
  2. プレミアム弁当(新商品)
  3. 季節限定アイス(夏季商品)
  4. 学習用ノート(3月需要増)

各商品の検討項目

分析フレームワーク

演習2: 利益最大化シミュレーション

あなたはSupermarket Simulatorのような店舗で、以下の商品の価格設定を任されました。最適な価格を見つけてください。

商品:オリジナル弁当

基本データ:
仕入原価:300円
固定費配賦:50円/個
現在価格:500円
現在販売数:100個/日

市場調査結果:
競合A:480円
競合B:520円
競合C:450円

価格感度テスト結果:
400円 → 予想販売数 150個/日
450円 → 予想販売数 125個/日
500円 → 現在 100個/日
550円 → 予想販売数 80個/日
600円 → 予想販売数 60個/日

計算項目

  1. 各価格での日次利益計算
  2. 最も利益が高い価格の特定
  3. 価格弾力性の計算
  4. 競合との比較分析
  5. 最終的な価格提案とその理由

演習3: 競合分析レポート作成

近所のコンビニまたはスーパーで競合分析を行い、レポートを作成してください。

調査対象店舗

調査項目

  1. 基本情報(立地、規模、営業時間)
  2. 価格調査(主要商品10品目以上)
  3. 商品構成の特徴
  4. サービスの差別化点
  5. 価格戦略の分析

分析内容

レポート構成

  1. 調査概要
  2. 調査結果
  3. 分析・考察
  4. 提案・改善案

演習4: 価格変更の影響シミュレーション

以下のシナリオで、価格変更が売上・利益に与える影響をシミュレーションしてください。

シナリオ:原材料費上昇への対応

現状:
商品:人気弁当
販売価格:400円
仕入原価:250円
月間販売:2,000個
月間売上:80万円
月間粗利:30万円

変化:
仕入原価が280円に上昇(30円増)

対応案

  1. 価格据え置き(利益圧縮で対応)
  2. 値上げ(420円)
  3. 値上げ(450円)
  4. 商品内容変更(価格据え置きで内容調整)

各案の検討項目

シミュレーション条件

最終提案


第4章のまとめ

次の第5章では、顧客満足度の管理について学びます。お客様に喜んでもらうことが、長期的な事業成功の基盤となります。